鍛錬:音に出る生き方

FOUR LEAF SOUND poetry soul Blog_"tanren"

ミュージシャンの鍛錬は、音の練習だけじゃないなぁ。。と思う。

一緒に演奏するミュージシャン達と、「音楽は嘘つけないよね」って話をよくする。

パフォーマンスする時、丸裸な自分を見せてる感覚で、

人間性、オフステージの普段の生き方、

恥ずかしいものも、自分が認識出来てないものも、もろに音に出る。

全てが見えてしまうから、ミュージシャンは、普段の生き方からそのアーティスト性を表している必要があるし、

人間性の鍛錬も、必須になってくる。

今回の、浅田あっちゃんとのコラボMV撮影を終えて、
もう1度そのことを痛感。

鍛錬が足りない。
圧倒的に。

音の練習はもちろん、人としての鍛錬も足りていない。

普段、どう生きているか。。
どう人と接しているか。。

そんなことが、もろに音に出てる。

自分の場合は、「適当さ」が、フレーズの端々に出ていて、
かなり反省。。

適当に、「ま、こんな感じで」とか、「ま、いっか」っていう生き方が、
「歌のフレーズ終わりが雑」って形で、顕著に表れてしまっている。

会話をしている時も、「適当さ」を突っ込まれることが多々あるので、

歌の練習をする時はもちろん、普段の会話や生活から、
この「適当さ」を本当に要注意だ。

あと、これは日本に帰ってきてからの新たな課題。

人に合わせようとする余り、本来の自分が出てこない、
「受け身」的な、気を使った感じになっちゃう。

そういうのが、今回の撮影では見受けられてしまった。

もっと表現できたはずなのに、普段の、気を使った会話の感覚が、撮影に入り込んでしまった。

帰国後、日本社会に適応しようとする中で、
当たり障りないように、自分じゃない「誰か」をまとう癖が付きつつあって、

そして、パフォーマンスに影響が出てしまった。

これは、本当に危険。
four leafのアーティスト性に関わること。

日本にいると、自分を低くしたり、奥に引っ込めちゃったり、ついついしてしまうけど、

周りをリスペクトしつつ、でも、批判されることを恐れずに、

自分のスタンスをしっかり持って、
本来の自分で、そこに「居る」こと。

そういう鍛錬も必要だ。

音楽をしている時も、していない時も、
普段の自分の「在り方」そのものが、FOUR LEAF SOUNDのアーティスト性になる。。

普段の生活から、もっと鍛錬だ。

と、痛感した撮影でした。

by Murabayashi